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岐阜地方裁判所 昭和53年(ワ)203号 判決 1979年2月27日

原告 佐藤正株式会社

右代表者代表取締役 佐藤正一

右訴訟代理人弁護士 東浦菊夫

同 古田友三

被告 岡田敬三

右訴訟代理人弁護士 坪倉一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

(1)  被告は、原告に対し、金二六〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の金員を支払え。

(2)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

二  被告

主文第一、第二項同旨。

第二請求原因

一  原告は、昭和四八年頃から昭和五二年九月二五日までの間に、訴外株式会社和幸に対し、スポーツウェア等衣料品を売り渡し、右同日現在合計金二一六二万五、四八〇円の売掛代金債権を有していた。

二  訴外会社は、昭和五二年九月倒産し、私的債権者集会が開かれることになったが、それ以前である同年九月二七日訴外会社の代表者である被告は、原告に対し、訴外会社の前記債務中、将来開催される債権者集会での原告へ配当されるべき分を除いた残金の内金五〇〇万円につき、訴外会社に代って免責的に債務引受をし、これを同年一〇月一〇日に支払うむねを約定した。そして、このうち、金二四〇万円を支払ったが、残金二六〇万円の支払をしない。

三  よって、原告は、被告に対し、右金二六〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一一日(弁済期の翌日)から完済に至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は争う。

二  請求原因二の事実中、訴外会社が原告主張の頃倒産したことは認めるが、その余の事実は争う。

第四抗弁

一  かりに、被告が原告主張の如き債務引受をしたとしても、原告代表者佐藤正一が昭和五二年九月二七日午前二時頃その宿泊先である京都市山科のホテルに被告を呼び付け、部屋に監禁し、訴外会社の倒産という状況下にある被告の窮地に乗じて債務を引受けるべきことを強引に要求し、しかも、それは、原告が筆頭大口債権者であり、その代表者たる佐藤正一がやがて開催される債権者集会での委員長となるべき地位を利用して、将来債権者集会が開かれたときは、他の債権者への配当を低額に押えるべく、そのいわばリード料として被告に金五〇〇万円を要求したのであって、これは後日開かれた債権者集会での六九%切捨、三一%配当なる決議を裏切るのみならず、原告が支払を受けたとする金二四〇万円も、訴外会社が債権者集会に預託した訴外会社の受取手形を原告において債権者集会に計上せず、勝手に持ち返ったものであって、以上の事実を総合すれば、被告のした債務引受契約は無効というべきである。

二  かりに、被告が原告主張の如き債務引受をしたとしても、それは、前記抗弁一で述べたように、原告代表者佐藤正一が昭和五二年九月二七日午前二時頃被告を京都市山科のホテルに呼び付け、部屋に監禁して、債務を引受けるべきことを強引に要求し、被告を強迫してしたものであるから、被告は、本訴(昭和五四年一月一九日の第五回口頭弁論期日)において強迫によるものとして、これを取り消すむねの意思表示をする。ゆえに、被告に原告主張の如き債務の支払義務はない。

三  また、かりに、被告が原告主張の如き債務引受をしたとしても、前記抗弁一で述べた事実に徴すれば、右引受契約に基づく原告の本訴請求は、信義則に反し、権利濫用というべきであるから許されない。

第五抗弁に対する認否

一  抗弁一の事実は争う。

二  抗弁二の事実は争う。

三  抗弁三の事実は争う。

第六証拠関係《省略》

理由

《証拠省略》を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。

原告は、スポーツウェア等の衣料品製造卸販売業を営む会社であるが、昭和四八年頃から同様の商品等の小売販売業を営む訴外和幸株式会社(以下訴外会社という。)にスポーツウェア等の衣料品を継続的に販売し、昭和五二年九月二五日現在で、合計金二、一六二万五、四八〇円の売掛代金債権を有していたところ、訴外会社が同月二六日不渡手形を出して倒産した(訴外会社倒産の事実については、当事者間に争いがない。)。そこで、前記の如き多額の債権を有していた原告は直ちにその回収策を講じるため、原告代表者佐藤正一が即日京都市に赴き、翌二七日午前二時頃その宿泊先である同市山科のホテル東急インに訴外会社の代表者である被告を呼び寄せ、被告に対して債務弁済方策について問い質し、協議したが、右債権を少しでも多く回収しようと苦慮した佐藤は、いずれ近々訴外会社の債権者ら二〇数名による債権者集会の開催が確実に予期され、もしそうなれば、原告が筆頭大口債権者として債権者集会での委員長となり、その発言力も強大で、他の債権者の意向意見を押え、大巾に債務を放棄させた上、低額な配当率で済ませ得ることも可能なことと思われたので、被告に対してそのことを強調し、債権者委員長となったときは、その主導的立場を利用してこれが実現すべきことを力説確約し、その代り、債権者集会で定まるべき正規の配当とは別途に、各債権者に内密で、金五〇〇万円の支払を要求し、即答を避けた被告に対し、訴外会社の倒産状態の下にあって心身ともに疲れていた被告の窮地に乗じ、なおも強く執拗に要求した結果、被告において、ついにこれを断わり切れず、かつまた、少しでも、債権者集会での配当が低額で済むものなら訴外会社の再建も可能となるやも知れないとの思いも手伝い、不本意ながら、止むなくこれに応じ、金五〇〇万円の限度で、訴外会社の原告に対する前記売掛代金債務を訴外会社に代って免責的に引き受けることを承諾し、これを同年一〇月一〇日に支払うことを約定し、その証として、金五〇〇万円の借用証一通を作成して、佐藤に差し入れた。しかして、その後被告から原告に右金五〇〇万円中、金二四〇万円が支払われたが、その残金二六〇万円(本訴請求分)の支払をしない。以上のとおり認めることができ(る。)《証拠判断省略》

よって、抗弁一について判断する。

抗弁一は、その主張の全趣旨に照らし、本件債務引受契約が公序良俗違反として無効であるとの主張と解される。前段認定の諸事実によれば、原被告間になされた債務引受契約は、訴外会社倒産に伴い、近く開催の予期された債権者集会以前の時期において、原告が筆頭大口債権者であり、かつ、原告代表者佐藤正一が債権者集会での債権者委員長となるべきこと必至の優勢な地位にあることを利用し、自己のみ正規の配当以外の多額の債権回収を目的とし、他の債権者(二〇数名)には隠密裡に、訴外会社倒産下の被告の窮地に乗じ、これと相通じてなされたものであり、かつまた、その金額も原告の債権額の約四分の一に達する高額で、単なる謝礼や迷惑料程度のものとはいえないこと明らかである。

私的債権者集会による債務整理手続といえども、大口債権者が他の債権者に比し、独り多額な回収を得ようとの目的のもとに、隠密裡に倒産者と通じて裏契約をなし、その結果が債権額、裏金額、債権者数等に照らして債権者平等に著しく反するときは、一般商取引上の道義にもとるといわなければならず、その目的実現のため、筆頭大口債権者たる優勢な地位を利用し、倒産者の窮地に乗じてなされた契約は社会的妥当性を欠き、無効となるといわなければならない。本件において、前認定の如き事情のもとでなされた債務引受契約は、正に右判示の如き趣旨のもとになされたものであり、未だ債権者集会開催前の配当率等具体的な整理案未定の段階でなされたとはいえ、公序良俗に反する無効のものといわざるを得ない(因みに、《証拠省略》によれば、その後昭和五二年一〇月六日に開かれた債権者集会では、原告代表者佐藤正一が債権者委員長に就任したこと、六九%切捨(債権放棄)、三一%配当なる整理案が可決されて、そのとおり実施され、原告がその債権額金二、一六二万五、四八〇円の三一%に当る金六七〇万三、八九九円の配当金を受領したこと、さらに、これと別途に、本件債務引受契約の履行として、金二四〇万円を受領していることが認められるところ、もし五〇〇万円全額原告へ支払われるとすれば、原告のみ約五四%の配当を受領する結果となる。)。してみると、被告の抗弁一は理由があるから、原告の請求は、その余の被告の抗弁について判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅本宣太郎)

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